弱者はニッチな分野で利益を上げる  アイデア広場 その1789

 世の中には、強者と弱者がいます。米国大統領という強者の戦いがあれば、イランという弱者には弱者の戦いがあります。強者と弱者では、それぞれに戦い方に違いがあります。弱者の戦略は、自分の持ち味を生かすことができるフィールドを戦場にすることになります。イランが、ホルムズ海峡を利用する戦術は弱者のやむを得ない戦いになります。生き残りというケースを考えれば、ライバルの少ない場所で、環境を利用する知恵が必要になります。例えば、コアラは、オーストラリアに住む愛らしい動物です。このコアラは、ユーカリを独占することで食料を確保しました。ユーカリには青酸カリが含まれているので、他の動物は食料としません。でも、コアラは青酸カリに強い体質を持つことで、広大なユーカリの林を食料資源に変えていきました。また、観察しやすいシジュウカラという小鳥がいます。シジュウカラの食べ物は、昆虫の成虫や幼虫、クモなどになります。この鳥は、昆虫が多い年に多くの卵を産むのです。ヒナを十分に育てられる昆虫の発生を予測して、年によって卵の数や産む時期を変えています。つまり、昆虫が大量に発生したり、少なくなる気候の予知能力を持っているともいえます。人間でいえば、情報を的確に把握し、それに応じた対策を立てることができるわけです。弱者の戦略は、環境の利用と有用な情報の収集ということになるようです。今回は、弱者の戦略を探ってみました。

 双日は2004年に日商岩井とニチメンが経営統合して発足しました。双日は、設立から20年程度で、総合商社の中では新参者ということになります。でも、両社の前身の源流をたどれば、150年以上の歴史を持っています。日商岩井は、1874年設立の鈴木商店を前身となります。ニチメンは、1892年設立の日本綿花が源流になります。蛇足になりますが、創業の期間が長いということは、会社が安定していることを示します。創業200年以上の企業は、全世界で5586社あります。日本には創業200年以上の会社が3146社あります。これらの会社を見ると、業績も雇用もおおむね安定しています。また。苦境に陥ってもそれを乗り越えてきた経緯があります。日商岩井は、1956年に米ボーイング社と代理店契約を結んで航空機の輸入を始めています。さらに、1960年代には今話題になっているレアアース取り扱いを開始しています。ニチメンは、中東・東南アジアでのプラント受注などで成長しました。また、戦後はソ連から鉄鉱石を輸入し、北東アジアの知見を持っていました。この両社は、1990年代のバブル経済の崩壊やアジア通貨危機で財務体質が悪化したのです。両社は、情報通信や合成樹脂、化学品などの事業統合を進め、2004年に経営統合するという経過をたどりました。2005年3月期には、資産健全化の特別損益を計上し最終赤字になりました。ある意味、どん底を経験したわけです。その後、隠忍自重の末、財務体質が改善した2010年代後半からは、成長に向けた投資が活発になっています。

 双日は、七大総合商社の1つに名を連ねていますが、純利益では見劣します。今は、三菱商事や三井物産など上位商社と連結純利益で数倍の差が開いています。6位につける豊田通商とも、純利益で3倍の差が開いています。少しずつ会社を成長させることを、年輪経営といいます。年輪経営のおかげで、ほんのわずかですが、増収増益を続けてきました。統合時に、不採算事業の撤退やリストラを進めました。その後、約10年かけて財務体質を改善し、やみくもに事業領域を広げる戦略を取りませんでした。大手がやらない面白いところに目をつけ、小さく買って、大きく育てきた経緯があります。レアアースなどは、その一つになります。資本力で劣る双日は、大型資本ではなく供給網の要所を押さえることで、収益を積み上げてきました。双日は、勝ち筋を一つでも二つでも増やしていく戦略を立てていたようです。他商社に追いつこうとはせず、「わが道を行く」が社是になるようです。

 それでは、わが道とはどんなものなのでしょうか。双日は、前身の日商岩井時代の1960年代からレアアースを取り扱ってきた実績を持っています。半世紀前から手掛けるレアースのほかに、電池材料といったニッチ領域を磨いてきたのです。この商社は、主に中国との取引を通じ、レアアースサプライ(供給綱)に深く関わってきました。中国との付き合いには、波があります。友好関係の良い時には、ウインウインになります。でも、共産党の意向で、好不調の流れが変わります。レアアース(重希土類)生産をほぼ独占する中国は、輸出管理を強める流れがでてきました。この流れを読み取り、双日はエネルギー金属鉱物資源機構(JOGMEC)と共同で、レアアース開発を手掛けるオーストラリアのライナスに出資をします。レアアースの中でも、「ジスプロシウム」と「テルビウム」は、希少性の高い重希土類になります。この重希土類は、電気自動車や防衛ハイテク産業に欠かせないものです。2023年の追加出資では、重希土類の権益を確保し、2025年10月の初輸入に至っています。双日は、「ジスプロシウム」などを日本企業として初めて中国以外から輸入した商社になりました。さらに、ライナスと戦闘機や原子炉に使う「サマリウム」」など4品目の取り扱いを追加しています。

 双日の隠忍自重の時期は、終わりを告げてきたようです。徐々に、攻めの姿勢を見せ始めています。2024年5月には、3カ年の中期経営計画では過去最大の6000億円の投資計画を打ちだしました。計画の一つは、ニッチ領域のリチウム電池向け材料になります。双日は、2025年7月、樹脂大手の日本エイアンドエル(A&L大阪市)を買収しました。A&Lは、車載用リチウムイオン電池に使われる接着剤用合成ゴムの生産に強みを持っています。接着剤用合成ゴムの分野では、世界首位のシェアを持つ企業です。この合成ゴムは、充放電効率の改善や電池内の電解液の劣化を防ぐ材料になります。これは、電池の負極材で使う素材同士を接着するために使います。接着剤用合成ゴムは、電池性能向上に貢献するわけです。リチウム電池の性能を向上させる機能は、双日が培ってきたレアアースにも相通ずるものがあるようです。A&Lは、世界大手の中国電池メーカーを大口顧客としています。ある意味、電気自動車(EV)の性能を左右するキーを握っているともいえます。さらに、接着剤用合成ゴムは、顧客のニーズに合わせた機能を持たせる提案力が重要になります。この合成ゴムは、電池材料のなかでは使用量は少ない材料になります。でも、なければ電気自動車の性能に大きな影響を及ぼすことになる材料でもあるのです。ある意味、レアアースと同じように、EVのビタミンというものになるようです。世界の EV向け電池の需要増に伴い、A&L製品への引き合も高まる構図ができてきています。双日は、愛媛工場で数十億円を投じ、年度までに生産能力を1.5倍に増やす計画を決めたようです。

 余談になりますが、社員がフル回転で隙間なくギリギリで働いている組織は、生産性は高いとみられます。でも、誰かが一人休むだけで、代わりの人がいなければ、組織全体が一気に崩壊してしまうケースもでてきます。全員が隙間なく働いて、高い生産性をあげる状態をメタ安定状態という場合があります。渋滞学で、よく言われる渋滞前の状態をいう概念です。仕事を抱え込んでメタ安定状態になりながら、表面は成果を出している状態があります。この状態は、自転車操業のようになっているため、何か故障がでれば、生産はゼロになってしまいます。ブラック企業の過酷な労働によって支えられた生産やサービスは、決して持続可能なものではありません。社員がフル回転で隙間なくギリギリで働いている組織は、ブレに弱いメタ安定状態といえます。無理な成長は、必ず組織のどこかにひずみを生んでしまうため、短命になりがちなのです。長寿企業は、これらの場面を長年にわたって乗り越えてきた実績を持つわけです。双日は、資源権益や巨大案件での競争を避けています。その分野は、競争が激しく、社員や資本の消耗も厳しい状況が生まれます。そこで、競争を避けて、ニッチな分野を抑え、結果として全体に寄与する部分的貢献で利益を上げる戦略を取っているように見えます。

 最後になりますが、ニッチであれば、なんでも良いというものでもありません。そこには、「すりあわせ」という技術が必要になります。日本が高スペックの製品を作りながら停滞した時期に、新興国は電気製品やデスクトップパソコンなどで日本を超えていきました。新興国の人々が求めるシンプルな機能を組みあわせた製品を、未熟練労働者が生産していったのです。単純な組合せは、初心者でも効率良く生産性が高くなります。この方式は、真似をされやすいデメリットを持っています。真似されやすい組合せの反対は、真似されにくい「すりあわせ」です。すりあわせ型のものづくりは、習得することに時間がかかります。時間はかかるが、長い目で見ると参入障壁が高く、独自の価格設定が可能になります。手間のかかる生産工程であるために、他の企業が参入しても利益を出すラインに持っていくことが困難なのです。その事例が、熊野筆になります。熊野筆は、広島県安芸郡熊野町で作られている伝統工芸品になります。熊野筆は、日本の書道筆の大部分を生産していました。ところが、安価な中国の筆が入ってきたために、熊野筆は衰退したかに見えました。この熊野筆は、他の国の職人がまねの出来ない技術の蓄積がありました。この筆先は、型崩れがしないのです。この特徴に注目したのが、ハリウッドでした。ハリウッドのスターに使われ、今では誰もがその筆を使うようになったのです。このなかなかマネのできない技術が、「すりあわせ」という技術というものです。レアアースやリチウム電池に関する技術も、「すりあわせ」という視点から、深めていきたいものです。

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