優秀な日本の労働者の生産性を上げる仕組み アイデア広場 その1520

 日本人の能力の高さは、国際的な各種の調査で良く知られていることです。今回も、その嬉しい調査結果が経済協力開発機構(OECD)から公表されました。OECDが、国際成人力調査(PIAAC)の結果を公表したのです。この国際成人力調査は、2011~12年に初回が実施されました。2022~23年の今回は、2回目の調査になります。この調査は、31国と地域の16~65歳を対象としたものです。ここでは、社会生活で求められるスキルが測られています。日本は、「読解力」など3分野の全てで2位以内を確保しています。ちょっと残念なことは、前回1位だった読解力と数的思考力で2位になったことです。でも、今回初めての調査となった「状況の変化に応じた問題解決能力」はフィンランドと並んで1位になっています。これは、読解力や数的思考力が高いことが問題解決能力の高さにもつながっているようです。世界の人々は、日本の能力の高さを評価しています。一方、不思議に思っていることもあります。フィンランドはじめ北欧の諸国は、PIAACの成績が良いと同時に、労働生産性も非常に高いのです。一方、日本の生産性は北欧諸国の半分程度で、37カ国中21位にとどまっているのです。日本が生産性では、先進国で最も低い位置にいるという不思議さです。今回は、この不思議の解明に取り組んでみました。

 日本と北欧は、能力が高いレベルで同じなのにもかかわらず、なぜ生産性に違いが出るのかを知りたくなります。その違いの一端が、分かってきました。日本人の数的思考力の成績は、16~24歳の年代層が参加国と地域の中で1位になっています。でも、16~24歳をピークに、年齢層が上がるごとに数的思考力が低くなる傾向があったのです。つまり、「数的思考力」が、25歳の年代層以上になると、右肩下がりに低下していく傾向があったのです。3分野で上位を占めた北欧諸国は、数的思考力が30~40代まで伸び続けていました。1位のフィンランドや3位のスウェーデンは、35~44歳の年代層がもっとも成績が良くなっているのです。日本は早熟で、北欧は大器晩成ということになるかもしれません。日本でも海外と同様に、終身雇用から「ジョブ型雇用」に移行しつつあります。仕事の内容も、「数的思考力」を使った品質管理や発注といったビジネスの実務が求められています。その対応に、日本の壮年層は追いついていけない状況が生まれているようです。

 日本の優秀さを現す調査に、経済協力開発機構(OECD) が実施する学習到達度調査(PISA)PISA があります。PISAの数学の成績と国の経済成長や生産性は、正の相関性があるとされてきました。高校1年生まで日本の高校生は、数学リテラシーにおいてOECD加盟国でトップクラスにあります。この説から引き出される結論は、経済成長や生産性が高いと言うことになります。でも日本の場合、この関係が成り立たないのです。日本の1人当たりのGDPは、OECD加盟国38ヵ国中21位というものです。日本のPISA数学スコアと労働生産性成長率の関係は、正の相関関係から逸脱しているというわけです。高校2~3年で数学の学習を辞める生徒が多いために、経済成長の正の関係が成り立たないということになるようです。高校2~3年で文系選択の生徒が数学の授業を減らすために、数学リテラシーが衰退しているのです。応用数学やコンピユーターサイエンスに必要な数学Ⅲを履修している生徒の割合は、21.6%にすぎません。つまり、日本の子ども達は、高校の1年までは世界的な数学の頭脳を持っています。でも、生かし切れていないのです。

 日本の数学教育の弱さは、義務教育までは世界最高水準を維持しながら、高校と大学に行くにしたがって停滞することです。その理由は、高校段階の授業の内容が難しくなり、どうしても日生活から離れがちになることです。生徒へのアンケート結果からは、日本の数学の授業が、教師指導の規律ある雰囲気で行われたことが読み取れます。教員が日常生活と絡めた指導をしているかを調べた指標では、日本は37カ国中36位に低下します。生徒から見ると、日常生活と絡めた指導を行っている教員は非常に少ないが現状が浮かび上がります。日常生活と絡めた指導を受けているとした割合は、OECD平均に比べて低いのです。実生活の問題の中から、数学的な側面を見つけることに自信があると答えた生徒は22.7%と低い割合になります。さらに自律的な学習への自信の指標は、OECD加盟国中、最下位になってしまいます。日本は世界トップレベルの水準とはいえ、推論や問題を解決する力には課題があるようです。高校以上での伸び悩みも目立ち、2022年度の大学入学者で「理学系」を選んだのは全体の4%に過ぎません。高校や大学で理系専攻の生徒や学生は増えておらず、研究力の低下も見られるようになりました。

 それでは、北欧諸国どのように、大器晩成の能力を向上させているのでしょうか。結論は、学び直し(リスキリング)によって能力を向上させているとなります。北欧諸国では、大学でのリスキリングへの経済的な支援が手厚くなされています。これらの国では、学び直したい社会人向けに、職務経験を評価して、入試を行う取り組みがあります。2021年発表のOECDの報告書では、北欧は25~65歳の仕事に関する再教育の参加率が高いと公表しています。リスキリングの先進地と呼ばれるスウェーデンは、1974年に「教育休暇法」を制定しています。修学のために休暇を取得した場合、休暇前と同等の労働条件、賃金で復職することを保障するものです。20歳以上を対象に義務教育、高等教育レベルの教育を提供する学校も設置されています。ここでは、無料で社会科学や数学、英語といった科目のほかに、職業教育も受けられる教育の場になります。日本の場合、再教育の参加率は北欧諸国を約20ポイント下回る37%に過ぎません。リスキリングへの投資も、貧しいものがあります。日本の職場内訓練(OJT) を除く能力開発費は、国内総生産(GDP)比で0.1%にとどまっています。米国の2.08%、フランスの1.78%、ドイツの1.20%に大きく水をあけられている実情です。労働生産性を高めるためには、日本でも学び続けられる環境づくりが急がれています。

 もちろん、この問題を日本政府も避けていたわけではありません。経済産業省は2023年、目的を転職に絞り、転職までを一体的にサポートする事業を始めています。目的を転職に絞り、キャリア相談からリスキリング転職を一体的支援の事業を始めた。訓練給付の受給者数は2022年度に9万6000人に上り、5年前と比べて2.5倍に増えています。また、厚労省によるリスキリングを支援する「専門実践教育訓練給付」も行われています。この専門実践教育訓練給付は、その給付率を受講費用の最大70%から80%に引き上げる優遇処置もあります。国の支援拡充と併せて、事業側の意識改革がリスキリング拡大のカギを握るようです。国や自治体が、リスキリングに関する情報を可視化することも重要になります。さらに、非正規雇用を対象にした人材開発への投資も必要になります。非正規雇用の生産性が、低いことは周知の事実になっています。個人が、今必要とされる高いスキルを学べる環境を作ることが欠かせません。北欧は20年以上前から行っているリスキリングの環境を、日本の急ピッチで整える必要があるようです。

 最後になりますが、現代社会は、日進月歩でイノベーションが進んでいます。学生時代に習得した知識や技能だけでは、変化の激しい産業社会を生き抜くことができなくなりました。知識やスキルのリスキリングは、常に求められる時代に入ったともいえます。このリスキリングは、個人のやる気だけでは難しい面もあります。企業も、個人の能力向上を支援する体制が求められるようになってきました。リスキリングには、時間の確保とその効率性が求められます。時間の確保については、3区分法の考え方があります。多くの国は、制度上、8時間労働になっています。週休二日制が多く、有給休暇なども制度上確立しています。それをまとめると、1年間の総時間は、24時間×365日の計算で8760時間になります。働く人の生活時間は、睡眠などの生理的時間が8時間、労働時間が8時間、余暇時間が8時間という3区分法が成立するようです。労働時間は、週休2日の計算で2080時間になります。それに対して、余暇時間は、約3000時間になります。1つの技能を伸ばすための時間は、1000時間といわれています。もっとも、より専門的な知識と技術の場合は1万時間とも言われています。個人は、この時間をリスキリングに当てることになります。企業は、社員が働く中に支援の仕掛けを組み込むことになるようです。国は、いつでも学べる教育機関を充実させることになります。日本の大学は、少子化で教育者や研究者が過剰になる状況が生まれています。これらの人材が、リスキリングを求める人たちを支援する役割を担えば、日本の労働生産性は北欧並みになるかもしれません。

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