メンタルヘルスに関する国際的な調査よると、異なる文化圏で女性に負担のかかる要因が増え、女性の抑うつや不安の症状が増加していることが分かりました。現代の女性は、学業や職業上の成功と伝統的女性の役割(子育てや家事など)も求められ、二重の心理的負担を負っています。さらに、若い女性は、ネットの影響を強く受ける立場になっています。東京都の10~16歳を対象の縦断調査では、不適切なネット利用が抑うつと関連していました。ネットが急速に思春期の生活に浸透したことで、ひと昔前と比べてリスクが大きくなっています。以前は、セクシュアルハラスメントや性暴力の被害がface to faceでのみ発生していました。近年では、オンライン上での被害が多くなっているのです。世界の子どもの8.1%が、何らかのオンラインにおける性的搾取や性被害を経験しているとの報告があります。特に、日本では得意な現象が生じています。日本で2024年、20歳未満の女子の自殺者数(430人) が男子(310人)と初めて上回ったことです。10年前は、女子が165人、男子が373人でした。男子が多く、女子が少ない傾向は長く続いたのですが、これが逆転したのです。男子の自殺者数が横ばいである一方、女子の自殺者妾だけが2.6倍に増えました。女子の自殺者数だけ増える実情は我が国では初めてであり、世界的に見ても異例と言われています。
「うつ病」とは 、一日中気分が落ち込んでいる、何をしても楽しめないといった精神症状を指します。具体的には、眠れない、食欲がない、疲れやすいなどの身体症状が現れ、日常生活に大きな支障が生じていることになります。このような具体的な症状が現れた場合、うつ病の可能性があるということになります。 うつ病は、精神的ストレスや身体的ストレスなどを背景に、脳がうまく働かなくなっている状態ということです。脳への脅威が高まると、急性ストレス反応が起きます。これが長く続くと、心身にさまざまな負の影響が表れるのです。眠れない、食欲がない、胸の痛み、頭痛、不眠、免疫不全など影響が表れるようになります。ストレスや緊張が続くと、交感神経だけが働き続け、自律神経のバランスが乱れるのです。本来は、交感神経と副交感神経がバランスよく働いて自律神経のホメオスタシスを維持します。自律神経の乱れは、精神面だけではなく、内臓や骨格、筋肉などにも影響します。脳が脅威を感じると、視床下部から分泌されるホルモンが副腎を刺激するようになります。ホルモンが副腎を刺激すると、コルチゾールが放出されます。このホルモンは、緊急時には良い方向に働きます。でも、長く分泌を続けると人体に悪影響を及ぼし、最後には心身の破壊というリスクを覚悟しなければならないとも言われています。
「うつ」と反対側に位置するものが、幸福だとします。この幸福を脳科学の知見から、成果を上げつつあるチームが理化学研究所(理研)の佐藤弥チームになります。理研は、まず約50人にアンケート調査を実施しました。このアンケートに、被験者は人生を振り返り、将来への期待も踏まえて幸福の度合いを8段階で回答しました。幸せな人も幸せと感じない人も出てきました。アンケート調査の次に、被験者の脳を調べました。これは、脳の血流を調べる機能的磁気共鳴画像法(fMRI)で対象の50人を調べたわけです。そこで分かったことは、頭頂部と後頭部の間にある「楔前部(けつぜんぶ)」という部位が、幸福感の高低に関わるということでした。楔前部は自分を低く評価したり、将来の心配をしたりする時に活発に働く特徴がありました。一方、幸福感が高い人は楔前部の活動が穏やかでした。この部分の活動が穏やかな人は、心配や不幸への思考に陥りにくく、幸福感が高い可能性があるようです。なお、グーグルのAIによると、「楔前部は、大脳の内側後方にある脳の部位で、自己認識、記憶、感情統合、身体感覚などに関わり、特に「幸福感」を感じる際に活動が変化すると説明しています。京都大学の研究では、「幸福を感じる人ほど右脳の楔前部の体積が大きいこと、安静時の活動が低いほど幸福度が高いことが示され、幸せの神経基盤として注目されています」となります。脳科学の知見からは、この楔前部(けつぜんぶ)に幸せのヒントがあるようです。ある意味、「うつ」の症状に関する部位でもあるわけです。
うつ病の患者は、幸せホルモンと言われるオキシトシン、セロトニン、ドーパミンなどの神経伝達物質が減少しています。であれば、これらのホルモンの分泌を促す仕組みを工夫すれば良いことになります。たとえば、オキシトシンは、愛情を感じたときに多く分泌されるホルモンです。このオキシトシンの分泌を促進するためには、受動的な刺激あるいは能動的な刺激が必要になります。母子の光景(やり取り)を見れば、よくわかる光景です。母子のやり取りには、いわゆる利他的行動があります。また、セロトニンが心の安定と健康の基盤を作り、オキシトシンが人とのつながりや愛情による幸福感をもたらし、ドーパミンが目標達成の喜びや意欲を高めます。これらのホルモンの分泌を促す仕組みを理解し、その工夫をすることができれば、幸せを手に入れる可能性が出てきます。たとえば、セロトニンは、睡眠や精神安定に関わる物質でもあります。セロトニンが不足すると、睡眠障害や不安感などマイナスの精神症状に陥りやすくなります。であれば、セロトニンの分泌を増やすことができれば、ストレス耐性を高めることができ、不安な精神を克服することができます。簡単に考えれば、セロトニンの分泌を促す食事をすれば良いことになります。セロトニンの原料は、必須アミノ酸の「トリプトファン」です。この必須アミノ酸は、体内で必要量が生成できないため、食事からとる必要があります。トリプトファンを多く含んでいるのは、肉、魚、豆類といった食材です。これらの食材をバランスよく摂取して、適度の運動と睡眠を取れば、セロトニンは安定的に分泌されることになります。
ここ十数年の日本では、うつ病患者の数が増えていると言われています。これに対して、個人の対策には、限界もあります。もちろん、政府も、対策を怠っているわけではありません。政府は、2023年版の「過労死等防止対策白書」を閣議決定しました。その中で、白書は労働時間が長いほど疲労が抜けにくく、うつ病の傾向が強くなると述べています。労働時間の増加が睡眠不足と疲労の長期化につながり、うつ傾向を助長すると指摘したわけです。この白書は、理想の睡眠時間と実際の時間との差について調査しています。この理想の睡眠時間に関しては、「7~8時間未満」とする人が最も多かったのです。でも、現実は、理想の睡眠時間とは違い、実際の時間は「5~6時間未満」が最多でした。一般に、労働者は週40時間労働です。その中で、週60時間以上働いている人の4割以上が、理想の睡眠時間から2時間以上も不足していたのです。睡眠時間が理想より2時間不足している人は、その3割がうつ病や不安障害の疑いがあるという残念な結果でした。さらに、疲労を翌朝に持ち越すと回答した人のうち、4割にうつ病や不安障害の疑いがあったのです。政府はこの状況を、改善しようと、働き方改革を推し進めています。
余談になりますが、現代社会はストレスがたまりやすい環境にあります。ストレスの過剰な蓄積により、ホメオスタシスが崩れることもあります。ホメオスタシスの乱れにより、引き起こされる反応は、身体面・心理面・行動面に見られます。身体面での反応は、息切れ、食欲低下、胃痛、便秘、下痢、不眠などの症状が現れます。心理面では、やる気が出ない、興味が湧かない、体が重く動かない(精神運動制止)などの症状がでてきます。さらに、進むと、自分を責めたくなる(罪責感)、生きていたくない、死にたいと思うなどの症状に至ることもあります。行動面での反応は、ネガティブな行動、ひきこもり(登校拒否・出社拒否) になるなどとして現れることもあります。ストレスが過剰になり、その人の許容範囲を超えたとき心身などにさまざまな悪影響を及ぼすことになります。自衛の策としては、ストレスが慢性化することを避けて、健康を損なうことがないように工夫することになるわけです。ストレスに支配されるのではなく、ストレスをコントロールするスキルを身に津つけることになります。対処する方法が身についている人は、ストレッサーを病気にならないように対処していきます。このようなスキルを身に付けている人は、現代社会を優雅に過ごすことができるようです。この工夫の1つに、セルフコンパッションがあります。自分に優しく思いやりを向けることは、セルフコンパッションと言います。このセルフコンパッションが、逆境を乗り越える力になることがわかっています。さらに、ストレスを減少させるだけでなく幸福感を高めることことにできます。その高める方法は、シンプルです。セルフコンパッションの1つに、自分の肩にトントンと優しく手を添えたりすることや両手で自分をぎゅっと抱きししめることがあります。自分なりに落ち着くジェスチャーや自分に優しさを向けられるジェスチャーを、いくつか持ことも選択肢になります。
最後になりますが、今までは、リラックスすることが、ストレスを軽減する効果的な方法とされてきました。リラックスを上手することを、リラクセーション反応と呼びます。自然なリラクセーション反応で、ストレスの症状に対処することできるわけです。たとえば、呼吸を意識することよってストレスの状態をコントロールすることができます。この呼吸によるリラックスを上手に行うと、脈も安定し、血圧も下がります。呼吸を意識してゆっくり深くすることによって、心を落ち着いた状態に切り替えられるわけです。呼吸と感情は、密接につながっています。不安やストレスを感じる場面では、呼吸を意識してゆっくり深くすることがお薦めです。このようなシンプルな方法に加えて、セルフコンパッションの領域から、5つの対処法が加わってきています。それは、1. マインドフルネスの実践、2. ジャーナリング、3. 慈悲の瞑想、4. 優しい言葉を自分にかける、5. スージングタッチになります。マインドフルネスの実践は、呼吸に意識を向け、今この瞬間に意識を集中することで、感情や思考を客観的に観察し、判断せずに、ありのままの感情を受け入れる練習をすることになります。ジャーナリングは、日記を書くように、自分の感情や思考を言葉で表現します。特に、ネガティブな感情や経験について書くことで、感情を整理し、客観的に見つめ直すことができます。慈悲の瞑想は、自分自身や他人に対して、愛情や思いやりの気持ちを育む瞑想です。瞑想中に「私が幸せでありますように」といった言葉を心の中で唱えることで、自己肯定感を高め、他者への思いやりを深めることができます。優しい言葉を自分にかけるは、失敗や困難に直面した時、自分を責めるのではなく、「よく頑張ったね」「次につながる経験だよ」といった優しい言葉を自分にかけます。5スージングタッチは、自分の体に優しく触れることで、安心感や落ち着きを得ることができます。
このスキルを、小学校、中学校、高校、大学、そして社会人になっても、自分に合ったストレス解消を獲得していけば、うつなどの負の遺産に打ち勝つ心理的耐性が国民レベルで向上します。社会人の場合、労働時間が8時間、生理的時間が8時間、余暇が8時問という3区分があります。1年間で働く労働時間は、2080時間になります。余暇時間は、3000時間程度になります。1つの技能を伸ばすための時間は、1000時間といわれています。この時間を使って、ストレスに打ち勝つスキルを身に付けてほしいものです。
