漁獲量を増やす腸内細菌の開発  アイデア広場 その1813

 漁獲には、天然物と養殖ものがあります。世界の養殖生産量は、2024年に約1億4100万トンになります。一方、天然物の漁獲量は7900万トンになります。世界の水産養殖市場規模は、調査機関や定義(飼料や設備を含むか等)により異なりますが、2025〜2026年時点で約2,600億米ドル〜6,500億米ドル(約38兆円〜95兆円規模)と評価されています。今後も年平均成長率が、3.6%〜7.3%前後で拡大が見込まれています。日本の漁業は、完全養殖型のクロマグロに見られるように技術力の高い養殖業に世界から高い評価を得ています。でも、技術力はあるのですが、ビジネスにおける収益化や大規模化に苦戦しているケースも見られます。養殖業者の経営は、2021~23年度の養殖業の倒産の負債総額が合計17億円と厳しい状況にあります。さらに2024~25年度は、合計115億円を超えるという厳しさです。近畿大学が世界で初めて実現に成功した完全養殖型のクロマグロの事業も、徐々に勢いを失いつつあります。水産大手も、完全養殖クロマグロ事業から相次ぎ撤退しているようです。この撤退の理由には、飼料の高騰と稚魚の高価格にあります。人工ふ化して育てた幼魚は、天然の幼魚に比べて高く、採算が合わないという事情があるのです。話題になっている完全養殖からのかば焼きが、5000円という値段でした。これは、ウナギの稚魚の生存率が低く、天然物との価格に大きな差があることによるものです。でも、稚魚の生存率を高める仕組みを開発できれば、養殖業の未来はバラ色になります。今回は、このバラ色に挑戦してみました。

 このバラ色に挑戦する企業が、京都大学発スタートアップ(起業)のホロバイオ(京都市)になります。ホロバイオは、「ホシガレイ」の陸上養殖を始めます。この起業は、弱くなったり病気になりやすくなる陸上養殖の課題は腸内細菌で解決できると考えました。陸上養殖は、閉鎖された水で育てるため腸内細菌多様性が乏しくなります。腸内細菌多様性が乏しい養殖魚は、育てるうちに環境の変化に弱くなったり、病気になりやすくなります。陸上養殖には、栄養を効率よくとることができず、海で育てた魚に比べて貧弱になりやすいというデメリットが付きまといました。ホロバイオが「ホシガレイ」を選んだ理由は、希少性と昧の良さです。ホシガレイは「海のダイヤモンド」と呼ばれ、愛好家には高額で購入されます。この魚は北海道から九州まで分布するのですが、天然の量は少ないのです。ホシガレイは、人工的にふ化させた稚魚を放流する栽培漁業が主流になります。この稚魚を放流する方式は、栽培漁獲量の予測が難しく自然環境にも左右されるデメリットがありました。一方で、陸上養殖は高温や赤潮など自然による被害は少ないメリットがあります。陸上養殖のメリットを生かし、栄養を効率的に摂取し、病気にならない栽培方法が実現すれば、ハッピーになれます。

 たんぱく質を安価にできる方法が開発されれば、人類にとって福音になります。たとえば、空気中には、無限の窒素が存在しています。この窒素を、人間に必要なたんぱく質に変えている動物や細菌が存在します。たとえば、ウシには四つの胃があり、そこで反芻を繰り返します。ウシの大きな第一胃を「ルーメン」と呼び、ルーメン菌が住んでいます。ルーメン菌はルーメン内入ってきた草の食物繊維を分解し、アミノ酸を産生させていること知られていました。ルーメン菌が、空気中の窒素をアミノ酸に化学反応させる過程があります。人類は、ルーメン菌により恩恵を受けていたわけです。また、大豆などの植物においても、根粒菌が窒素をたんぱく質にすることへの関与は良く知られています。さらに、オリンピック選手の腸内細菌の多様性は、一般人の1.5倍とかの研究報告も数多くなされるようになりました。蛇足になりますが、運動(筋肉)と腸内細菌の研究には、先駆の事例がありました。パプアニューギニア高地人の活動が、注目を集めたのです。彼らは、タロイモやサツマイモのような芋類を主食としています。にもかかわらず、筋骨隆々で、標高2500メートルの高地を自由に閥歩しているのです。パプアニューギニア高地人は肉類やタンパク質を摂らないのに、なぜ筋骨隆々なのか。この疑問を調べていく中で、疑問の対象が腸内細菌に向かうのです。高地人の腸内細菌は、腸内の窒素ガスからアミノ酸を作り出していたのです。パプアニューギニア高地人は、原理的にはウシと同じようアミノ酸を合成させていたわけです。低タンパク栄養状態でも、適切な腸内細菌の存在があれば、逞しく生きていけることを証明したのです。

 ホロバイオは、魚の腸内細菌研究に取り組み、陸上養殖内細菌の効果を実証してきました。様々な魚から採取した腸内細菌は、約3000種類にのぼります。その中には、有用な腸内細菌もありました。たとえば、水槽でサンマに腸内細菌を与えながら出荷できる大きさまで約10カ月かけて育ててきました。この10カ月かけて育てた結果、42%が生き残りました。一方、水槽でサンマに腸内細を与えない群は、生存が19%にとどまったのです。また、マダイの海上養殖では稚魚に腸内細菌を与え、海で約半年育てると、体重が従来より15%も増えました。さらに、マダイから暑さに強くなると期待される腸内細を見つけています。この腸内細菌の海で、実証試験を始めます。海水温が高くなる今後の環境変化に、この実験は注目されています。今後は、海上養殖など向けに暑さに強い魚を育てる方法の確立を目指すことになります。さらに、稚魚の対策研究では、カンパチの稚魚に免疫を高める腸内細菌を与えると、生存率が5倍に伸びることも分かりました。「腸内細菌で魚は変わる」と、ホロバイオは自信をみせています。

 「養殖ウナギ」は日本近海で捕った天然の稚魚を養殖場に送り、食用の親魚に育てる仕組みになっています。でも、稚魚であるシラスウナギの採捕量は、1980年代から低水準に移行し、徐々に減少していく流れになっていました。天然ウナギがいなければ、ウナギの完全養殖技術を開発すれば良いわけです。国立研究開発法人の水産研究・教育機構は、静岡県内で人工稚魚の飼育研究を進めていました。この人工稚魚は、ふ化してから稚魚まで成育しました。問題は、その生存率が1.6%にとどまることでした。この生存率を高めれば、完全養殖のウナギを市場に出荷することが可能になります。この機関では、当面の目標として生存率を4%に、そして成育日数は現在の300日から180日まで縮めることにおきました。さらに、水産庁は2020年までに、人工的にウナギの稚魚を量産できるようにする目標も掲げました。水産庁は、2017年度から人工稚魚の飼育実験を他の民間施設などにも広げようとしていました。そのような流れの中で、2025年4月頃、少し遅れていますが、ようやくその実現の兆しが見えてきたようです。ここに、腸内細菌の知見が加われば、さらに養殖業の発展が見込まれるようになるかもしれません。

 余談になりますが、強い養殖魚を作るためには、多様な腸内細菌の活用が求められます。この課題に応えるヒントが、鹿児島の屋久島にみることができます。九州大学の研究チームは、ヤクシカの胃から繊維質の多い植物を分解できる微生物を見つけました。ヤクシカは、ニホンジカ種で屋久島固有の亜種になります。このヤクシカの胃に共生する微生物を調べたところ、他の地域にすむシカより種類が多かったのです。優れた競技者が、普通の人よりも、腸内細菌が多いということに似ています。さらに研究チームは、屋久島の各地にいるヤクシカで、生息密度や食性の変化と微生物の関係を探りました。この調査の結果は、面白いものでした。生息数が少ない地域、すなわち食べ物の種類が多く、そして豊富にエサのある場所に住むヤクシカでは、栄養のある葉を分解しやすい微生物が目立ったのです。逆に、生息数が増えている場所、すなわちシカがエサを獲りあう場所では、通常よりも繊維質やタンニンを分解する微生物が増えていたのです。好物の若い葉を食べ尽くすと、生きるために落ち葉や木の繊維、そして苦みがあるタンニンなどの植物を食べざるを得ません。ヤクシカは微生物を利用して、おなかを壊さずに消化できるようになっていたのです。食べ物が少なくても、微生物のおかげで落ち葉や木の繊維を栄養分にできるようになっていたわけです。生態環境や餌場の状況により、腸内細菌の種類や性質が変わることが分かってきました。ここから導き出されるヒントは腸内細菌を育てる場合、いろいろ環境を用意し、そこで厳しく育てることも必要のようです。

 最後になりますが、ホロバイオは8月上旬から福島県いわき市で「ホシガレイ」の陸上養殖を始めます。天然のホシガレイから、成長や耐病性などの効果がある腸内細菌を選抜しました。プールで稚魚から育てた成体に、複数の細菌を組み合わせた「菌体カクテル」を複数回与えます。機能性の腸内細菌を複数配合して、ホシガレイに与えます。高級魚に腸内細菌を与えて、効率よく育てる養殖が本格化してきたようです。もっとも、腸内細菌だけでは、十分とは言えません。利用できるものは、利用する姿勢が求められます。ホシガレイの養殖を巡っては、水産研究・教育機構(横浜市)の研究があります。緑色の発光(LED)ライトを当てると、従来の2倍程度早く育つことがわかっています。ホロバイオは、緑色のLEDライトと菌体カクテルの併用も検証し最適な養殖方法を探っていくことになります。この起業は、ホシガレイを、ホテルや高級レストラン向けに販売を目指します。福島県の養殖施設で8月上旬に養殖を始め、順調に成育が進めば2028年ごろに販売が可能になるようです。今後の養殖業の発展のためにも、成功を祈りたいものです。

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