フィンランドは、好戦的なロシアと国境を接する人口約560万人程度の小国です。でも、世界の幸福度ランキングで、連続で1位を獲得する魅力にあふれる国でもありました。また、フィンランドは2000年代、国際学力テスト(PISA)で世界1位となり、欧州随一の教育大国としても知られてきました。そのフィンランドの地位が、危うい状態になっています。PISAのスコアは年々低下し、直近の2022年も振るわず、欧州でも首位の座を明け渡したのです。フィンランド教育庁は、同国の成績低下はデジタル化の影響とみています。学校の授業で、「デジタル教材を急進したことに原因がある」とみているのです。フィンランドでは、10年ほど前から1人に一台のパソコンを配り、 授業で20時間以上も使ってきました。あるベテランは、授業中にパソコン画面を見る時間が長過ぎて、どうやって集中力を保っているのか心配していたと言います。彼は、デジタル教材の推進で、生徒の読解力や集中力が低下したと考えています。デジタル教材には、AI技術が取り入れられています。この技術が、文章や画像を統合する「マルチモーダル」に進歩しています。たとえば、マルチモーダルで、問題集の問題を写真に撮るだけで、一瞬にして問題の答えが分かる状況が生まれています。解答を瞬時にわかることで、子ども自身は考えることなく、問題を解くことも可能になっています。このことは、ある意味で子どもの未来の能力を低下させることになります。今回は、AIの学習ツールが子ども達の学習にどのようなメリットとデメリットをもたらすのかを考えてみました。
フィンランドは、「デジタル教科書」の見直しによる紙の教科書を授業に多く使用する対策、それに加えて全小中学校の校内でのスマホ使用を原則禁止の対策を推し進めました。この急激な政府の対策に国民は、どのように反応したのでしょうか。政府対策の根拠は、国民への大規模な調査結果によるものだったのです。生徒、保護者、教師を対象に行ったアンケート結果は、政府の方針を後押しするものでした。フィンランドの生徒の4割が、デジタル機器の使用が数学の授業の妨げになると回答しました。保護者の約7割が、「デジタル教材より、紙の教科書を望む」と答えたのです。フィンランドに続いて、ノルウェーも2026年6月に、学校でのAI使用をほぼ禁止にすると発表しました。弊害が出れば、それを是正する処方箋が出てくるものです。テック企業は、消費者がAIをどのように使用しているかを見極めて、そこに資金や人材を集中的に投入していきます。グーグルは、2025年にAIの使用目的を調査しました。この調査では、AIの使用目的が、仕事の支援や情報探索を抜き「学習の分野」が初めて1位になったのです。いかに、「学習の分野」でAIの需要があるかが分かったわけです。AIの「学習支援」には、フィンランドの教育に見られるように負のイメージが付きまといます。一方で、AIによる学習支援には、仕事の支援や情報探索より大きな需要があります。企業としては、AIの「学習支援」の負のイメージをメリットに変えれば、大きな利益が見込めるわけです。当然、この利益を生み出す学習支援ツールを開発することになります。
スマホ依存やゲーム依存は、教育の世界で学力低下の原因として問題になっています。一つの事例から、学力低下の原因が読み取れます。ハーバード大学メディカルスクールの心理学部が、テトリスの実験を行いました。実験に参加する学生は、お金をもらってゲームができると大喜びでした。27人の実験協力者に報酬払って、1日に数時間3日間連続でテトリスをやり続けてもらったのです。実験のあとの数々協力者たちの何人かは、空からテトリスの形が降ってくる夢を見続けました。この世のすべてが、テトリスの4つの形でできているようにしか見えなくなるようになったそうです。テトリスをする若者たちの中は、どこを見てもテトリスの形が見える認識パターンができます。このパターン、いわゆるテトリス効果は、繰り返しゲームをすることによって起こる普通の生理的プロセスなのです。「テトリス効果」は、脳の中で起こるきわめて普通の生理的プロセスと説明されています。これを続ければ、日常生活に支障をきたすことになります。ある意味、狭い認識パターンができてしまうからです。蛇足ですが、一般的に好奇心は、拡散型好奇心と追求型好奇心があります。幼児がいろいろな質問を次々にする光景を見かけますが、これは拡散型好奇心の典型的事例です。知識や行動を広く求める行動パターンになります。この対極に、1つの疑問を執拗に追求する追求型好奇心があります。これは、知識や行動を深化させる行動パターンになります。テトリス効果は、この2つの行動パターンを阻害することになっています。現在のスマホ使用方法やAI学習支援ツール(デジタル教科書など)は、テトリス効果と同じような作用をしているようです。
昭和の夏の風物詩は、花火や夏祭り、海水浴、そして夏休み終了直前の親子で行う宿題作成でした。今、こどもが利用するのは親ではなく生成AI (人工知能)になります。感想文にしても、観察にしても、夏休みの友(現在は使われていないそうですが)AIに投げかければ一瞬で答えが出しまう時代になっています。さらに、AIの機能も子どもの能力向上を支援するものに変わりつつあります。「 Google Workspace for Education」は、グーグルが学校向けに提供するツールになります。この機能を使うと、ジェミニは直接正解を示さなくなるのです。もちろん、機能をオフにすると正解を一瞬に即答します。たとえば、子どもが「中1で英語の前置詞が苦手なので、次の文の( )に入る前置詞を教えて」と尋ねます。すると、AIが「今回は自分で答えが見つけられるように、ヒントをもとに一緒に考えよう」と答えます。そこから、ジェミニは、onやinなどの前置詞が持つイメージを説明していくのです。このように、解答をすぐに示さないのは「ガイド付き学習」モードに設定しているからになります。子どもの判断で、選べるように工夫してあるわけです。米オープンAIも、2025年7月対話型AI 「ChatGPT」に、このような学習モードを追加できるようにしています。米グーグルなどのテック企業は、教育現場との共存関係の強化を推進しているようです。
教育系新興のスタディポケット(東京・千代田)は、AIツール「探究チャット」を提供する企業になります。このスタディポケットは、2024年から学校へのサービス提供を始めました。探究チャットは、子どもが質問を投げてやりとりできるAIツールになります。探究チャットは、段階的にヒントを出すように、技術的な工夫を積み重ねてきました。現在、このツールは小中学校と高校を合わせて1000校以上(26年5月) で導入されています。東京都の中央区立明石小学校では、2025年度から6年生の授業の一部この生成AI活用しています。授業では生成AIを活用し、自分で考える時間や児童同士の対話の内容を深めています。たとえば道徳の授業では、教員が教材の一部を読み込ませ、プロンプトを作成していきます。試しに「「走れメロス」の読書感想文を400字で書いて」と投げるとAIから「入れたい感想を1つ選ぶなら何かな」と確認の返事が来ます。子どもが、「友情に心を動かされたと伝える」とその理由を聞かれたうえで、感想文の構成をー緒に考えてくれます。AIとのやりとり後、グループの児童同士で登場人物の心情について話し合う流れになります。終わりには「友情」をテーマにクラスメートやAIと話して変わった考えなどを確認して提出することになります。知識(友情に関する)を深め、友達同士の話し合いで知識を広く深く理解していく過程が盛り込まれています。ここでのAIの機能は、思考を狭くするテトリス効果を跳ね返しているようです。
余談になりますが、AIや生成AIの出現は、新しい産業革命にたとえられます。英国で始まった蒸気機関による最初の産業革命は、人類の産業の発展という観点で見ると、大きな恩恵をもたらしました。でも、産業革命初期では、紡績と織布のスキルを待った手工業の労働者が不必要になりました。そして、不必要になった労働者が就業できる代わりの仕事も生み出しませんでした。産業革命初期に登場した紡績機や力織機などは労働置換技術であったとされています。労働置換型の技術とは、人間の労働を完全に機械に置き換え、人間が介在する余地をなくす技術になります。初期のAI学習支援の機能は、解答を瞬時にわかることで、問題を解くことも可能になっています。学習が完全に機械に置き代わり、考える力のない子どもの負の教育と言えるかもしれません。次の第二次産業革命で登場した電気や石油を応用した大量生産技術は、労働補完型の技術になります。この労働補完型の技術とは、生産を上げ、新しい仕事を生み出すきっかけになるような技術になります。この技術は、人間の労働を補助し、その労働自体を楽にする技術になります。第二次産業革命は、実際に当時の雇用者を増やし、賃金も上昇させる成果を上げました。このようなプラスの機能を、AI学習ツールに付与してもらいたいものです。
教育のデジタル化は、世界共通の課題になります。日本の「GIGAスクール構想」において、小中学校での生徒1人に1台の端末を提供されています。小中学生は、だれでもデジタル環境を利用できるようになりました。東京都教育委員会の2025年度調査では、生成AIを使った経験がある児童、生徒の割合は38%になりました。2024年度が、約17%でしたから、小中生の生成AI利用割合が2倍に急増しています。若年層への急速な広がりを受けて、テック企業は学習に適したAI開発に力を入れています。AIは便利なツールから、学びを支援するパートナーと進化しつつあります。教員や研究者などと連携して、新しい学習支援システムが次々出てきています。開発されたシステムは、利用者の目標によって回答のレベルが調整されるようになっています。連携して開発したシステムでは、ヒントとなる質問も掲示することも可能です。この流れは、海外が先行しています。エストニアとアラブ首長国連邦(UAE)など8カ国の政府や教育機関などは2026年1月に教育に AIを取り入れるための取り組みを始めました。この8カ国の政府や教育機関とともに立ち上げました。ちなみに、EUに加盟したエストニアは、世界に先駆けて電子政府を作り上げてしまった国になります。この国では、行政のすべての手続きが電子化された国で、デジタルサービスを享受しています。IDカードさえあれば、確定申告、住民登録、年金や各種手当の申請、自動車の登録手続き、国民健康保険の手続き、運転免許の申請と更新、選挙、銀行口座の開設、病院の診療履歴へのアクセスといった公的サービスも民間サービスの利用もできる優れものです。デジタル先進国が、資金の豊富な中東の国々と連携して、新しい学習支援ツールを開発しているわけです。目の離せない、存在になるようです。
