以前、信達三十三観音(福島県北部の地域)、西国三十三観音、坂東三十三観音、秩父三十四観音などや四国八十八ヵ所を回ったことがあります。そこには裕福なお寺もある中で、無人になっているお寺もありました。つい最近は、福島県只見町にある成法寺を訪れました。成法寺にある観音堂は、室町時代の建物で、国重要文化財に指定されています。このお寺は、只見駅から20kmも離れたところにあります。この観音堂は、かやぶき寄せ棟造りの和様と唐様の取り混ぜた荘厳さを持つお堂でした。残念なことは、30年前から、この由緒あるお寺の住職が不在となっているとのことでした。今年のお盆には、2か所ほどお墓参りをしました。一つは、福島市公営墓地の新山霊園になります。以前、昭和天皇が小鳥の森を視察に来られた近くの場所にあります。この時期、多くの人がお墓参りをしていました。ここから、2㎞ほどの距離に、歌枕で知られている文知摺観音があります。この文知摺観音を管理しているお寺にもお参りをしました。ここにも、多くの人がお参りをしていました。お参りの人が多ければ、お寺が廃寺になったりすることはないようです。今回は、お寺が存続する仕組みを考えてみました。
お寺の直面する問題は、お寺を維持するお金になります。檀家が豊かになれば、お寺に寄付をするお金に余裕がでます。お寺の周りが豊かになれば、お金に余裕ができるというわけです。でも、この余裕がなくなりつつあるのです。長野県飯山市や新潟県上越市、石川県金沢市、富山県高岡市は、北信越の寺町として知られていまます。この地域でも、住職がいない寺「無住寺」増えていいます。人口減少や高齢化に伴い、檀家の数が減っていることも原因になっています。現在、全国に約7万7000のお寺があります。そのうち、1万7000余りが無住寺と見込まれています。後継者不在や檀家減少など要因は様々ですが、2040年はさらに1万余り増える見通しになっています。北信越のお寺は、立派なものが多く、その大きなお寺の修繕費を工面することも、今後の課題として浮上しています。墓参りで帰省する人も、減ってきています。墓参りの減少だけでなく、「墓じまい」する人も増えているのです。「墓じまい」は、故郷との縁が切れることを示しています。お寺の衰退が、地方の過疎化をさらに加速化する負の要因にもなりつつあります。
人生100年の時代は、高齢者が高齢者を弔う社会でもあります。お墓の担い手は減り、先祖を同じお墓に埋葬して継承する従来の形は変化を迫られています。「墓じまい」をする方がいる一方、いろいろな形で先人を供養する人たちも現れています。お墓の選択肢が多様化しており、なかでも増えているのは樹木葬や納骨堂になります。樹木葬は、長期間の供養を前提にしていません。安価で手間いらずの樹木葬墓や納骨堂が主流になりつつあるわけです。2023年の調査では、調査を始めて以来、初めて墓の購入者の半数以上が樹木葬を選んでいるのです。納骨堂の割合が2割を超えて、初めて一般墓を超えました。「一般墓離れ」が、加速していることがわかります。樹木葬墓や納骨堂はー般墓に比べ、初期費用が半分以下で済むことも大きな魅力になっているようです。でも、故人を思う気持ちは変わらないようです。このような変化に、対応するお寺も現れました。曹洞宗の見性院(埼玉県熊谷市)は、2012年に檀家制度を廃止しました。檀家制をやめ、宗教や宗派も問わず、友人と入ることもできようにし、管理費も無料にしたのです。このようにしたところ、新規の利用者が劇的に増える現象が生じました。見性院は、「墓じまい」などで空いた場所に、緑に囲まれた樹木葬墓地をつくっています。先祖代々の墓を守り続けるのが難しい人に代わり、寺が未来にわたり見守ることにしたわけです。仏教関係者も、多様な家族や生活スタイルに応えなければならないケースも生まれてきたようです。
現代では、亡くなれば、火葬に付され、骨壺に入れられて、お墓に埋葬されることが一般的です。この火葬自体は、4~7世紀ごろに集団で渡来した渡来系の人々により行われていたことが、遺跡発掘などから分かっています。でも、この火葬は裕福な人々しかできないことでもあったのです。平安時代では、高い位の貴族にできた葬送儀礼になっていたようです。多量の燃料を必要とする火葬は、貴族だからこそできたということです。古代から鎌倉時代頃まで、都市に流入してきた庶民や貧民の亡骸は基本的に放置でした。町中に放置していたのですが、徐々に、死体の置き場所は葬送地として洛外の東山西麓・鳥辺野、西方の化野、鴨川の河原(町中でも河原は域外とされていた)が定着してきました。鴨川の河原は町中にありましたが、河原は域外とされていたのです。「餓鬼草紙」には、枢に蓋がされていないので犬に食いつかれている描写もあるようです。死んだものは縁者によって河原や山野に運ばれ、置いたままにされていました。運ばれたあとに死体がどうなるかは、葬る側はあまり気にかけなかったようです。もっとも、洛外まで運ばれる場合はまだ良い扱いになります。縁者のない人は、町中の道路や空き地に放棄されていたのです。そんな時代からみれば、現代の「孤立死」や「孤独死」が、なぜ問題になるのか不思議なことかもしれません。時代の変遷により、死者への葬送パターンにも変遷があったようです。もちろん、現代も葬送パターンにはいろいろな変化が起きています。
葬送のパターンは、はますます多様になっていくようです。その中で、注目されているものが、ペットのお墓です。ペットと一緒に入れる墓も、出現し始めています。お墓の多様化は、ペットにも及んでいます。犬や猫を、家族同様と考える人が増えていることがその理由です。仏教では、人と動物を一緒に埋葬するのは長らくご法度でした。そのような中で、ペットと入れる墓を用意するお寺も出始めたのです。私事になりますが、文知摺観音を管理しているお寺での光景です。ここには、ペットの慰霊碑があり、ここにペットの納骨も行われています。そこには、多くの花が供えられ、線香の煙が絶えない風景と、参拝する人の多さに驚いたものです。知人に聞くと、お寺に供養料を払うと人と同じようにして頂けるとのことでした。日本の子どもは、1400万人ですが、イヌとネコのペットは1600万匹になります。このペットの葬送パターンが一定数になれば、お寺の経営が少しは安定するかもしれません。日本で亡くなる方は年間150万人です。このうち、お寺が関与する人数は、50万人程度になります。ここに、ペット(犬や猫)の平均寿命が15歳程度です。人間の6分1の寿命ですので、亡くなるサイクルは6倍になります。ある意味、1600万匹のペットは、毎年100万匹も亡くなることになります。お寺の補完勢力になる可能性があります。
余談になりますが、ペットの愛好家は、人間と同じような葬送パターンをペットに行うようになってきました。犬や猫の平均寿命は、人間の約6分の1の寿命です。飼い主は、ペットの老齢化が進行する姿を見ながら過ごすことになります。長年一緒に暮らしてきたペットの最後を、看取ることは悲しいことです。飼い主が看取りに関わる時間が長くなれば、精神的に落ち込む状態に陥ることになります。ペットを飼っている人は、そうでない人に比べ、うつ病になる方が1.9倍も多いとう統計もあるようです。この悲しみを、癒す葬送パターンが求められています。ペットにお金や時間をかけることを、惜しまない愛好家が増えてきました。そんな愛好家は、ペットの健康や病気にもお金を使うようになっています。お金の消費が増えれば、そこに新しいサービスが生まれ、ビジネスチャンスが生まれます。米国では、ペットビズネスの新しいサービスにオンライン医療が登場しています。ペット関連市場の活況を受けて、犬や猫などのオンライン診療を手掛ける起業が増えていいます。この延長線上に、ペットの葬送パターンが生まれてきているようです。
最後は、お寺のいろいろな対策のお話しになります。善光寺などの門前町は、今でも人々を集めることができます。これらの門前町は、中世末期以来、参拝人や遊覧客を対象とする宿屋や商業が発達してきました。でも、有名寺院を除けば、街とお寺との関係が転機を迎えつつあります。街の石材店や花屋などを考えると、お寺の減少が地域に及ぼす影響は小さくないのです。ここに、行政が関与する要因があります。政教分離の原則もあり、街づくりで寺社と行政が連携する機運が希薄でした。ここにきて行政の側も、寺町に住む人の生活環境をどうよくしていくかが大事になると対策を考え始めたわけです。課題に直面しているのは、神社もお寺と同様になります。宗教の枠を越えた取り組みが、求められ始めているわけです。その事例として、北信越のお寺の活動があります。北信越にある古くからの寺町は、活性化に向け様々な策を練り始めています。富山県高岡市などには、仏教関係者や行政関係者が集まった「寺町サミット」があります。このサミットでは、歴史観光都市としての基盤を形作った伝統的建築物の保存や活用を紹介しています。北信越の街を深く知りたい観光客向けに、文化観光コンテンツに育ててきた経緯もあります。高岡市の副市長さんは、宗派を超えた4寺が寺宝を同時公開するイベントも開催しています。飯山市の市長さんは、「寺を花で飾る運動を進めたい」との考えを実践しています。青いアジサイが庭を埋め尽くす寺として近年、来訪者が急増しているのです。この街は、シャクヤクなどが有名で花き農家も多いのです。お寺と産業振興の一石二鳥を目指しています。これからのお寺は、宗教的な面はもとより、祭りなどのコミュニティー機能や観光、そして稼ぐ地域を目指す一翼を担う一員とて活動することも視野に入るかもしれません。
