遊びやスポーツは、子どもや大人が社会秩序を学ぶ場所という役割を担ってきました。スポーツは、遊びが組織化したものという捉え方もあるようです。スポーツは、様々な環境の子どもたちが接点をもつ媒介的機能を持っています。この活動をする中で、ルールを守る大切さや人間関係を学ぶ機会を体験してきました。英国のパブリックススクールのフットボールを見るまでもなく、人間形成に役立つと評価されてきたものです。この活動の機会が、経済格差により、減る状況が生まれつつあります。2024年、東京都区部の水泳教室の月謝が、9079円と10年前から2000円近く上がりました。また、ある小学6年生が所属するサッカークラブチームの月謝が、1000円以上高くなったそうです。2児の母である兵庫県の40代女性は、「スポーツをやらせるほどお金がかかる」こぼしています。野球やテニスなどは、用具代の上昇によりさらに家庭の負担が増えています。この家庭では、遠征費なども含めて、年間の支出は20万円近くなると言います。中学部活動の地域移行に伴い民間が担い手になれば、費用は一段とかさむ傾向があるようです。ここで、顕在化してきたのが家庭の経済環境による子どもの「スポーツ格差」になります。経済的に余裕がある家庭のみが、スポーツを享受できる状況が生まれています。今回は、この格差を乗り切る知恵を、スポーツ用具の視点から考えてみました。
現在、世界のスポーツ団体は、アジアの経済成長に注目しています。単的な事例は、国際サッカー連盟(FIFA)になります。FIFAは、アジアのチーム参加の枠を増やしました。この地域の経済成長と選手の増加、そしてファンの増加が、今後のサッカーを支えると考えたためです。他にも、アジアに注目するスポーツ組織があります。バドミントンも、その一つになります。この種目では、アジア勢の選手が活躍していることもあり、アジアでも人気が高まっています。バドミントンは、オリンピック競技でアジア勢の選手が活躍しています。日本でも、2025年度の会員登録数は合計で29万9493人と、25年間でおよそ2倍に増えています。さらに、競技を争うだでなく、バドミントを楽しむ愛好家も増えています。バドミントンの選手や愛好家が増えることは、望ましいことです。それに伴って、ラケットや専用のシューズやユニホーム、そしてシャトルの需要と供給が増えています。これらの商品を扱うスポーツ用品店にとっては、福音になってきました。でも、ここに来て困ったことが起きています。それは、シャトルが高騰していることです。バドミントン用品大手のヨネックスは、この2年間で3回の値上を実施しました。シャトルの値段は、公式試合で使うことが多いニューオフィシャルは1ダース(12個ア入り)7700円になります。練習用の「エアロセン600」を6380円で、いずれもこの期間で3割ほど高くなっています。値上げの理由として各社とも口をそろえるのが、主材料である羽根の高騰になります。この高騰が続けば、愛好家がバトミントンから離れていくという危機感が出てきています。
シャトル1個には、16本の羽根を使います。この羽根は、ガチョウやアヒルといった水鳥を食肉として加工する過程で回収するものです。食肉として加工する過程で回収し、洗浄や選別などを経て出荷されるわけです。多くのシャトルメーカーは、羽根の主産地である中国に工場を構えて生産しています。高騰の要因は、中国で水鳥を飼育する農家の苦境になります。近年は、毎年のように鳥インフルエンザが世界で発生しています。鳥インフルエンザが発生すると、感染拡大で殺処分を迫られるリスクが高まります。蛇足になりますが、中国において養豚業は、2017年は、中小農家や中小の業者の供給シェアが7割を占めていました。ところが、2018年に中国で初めて流行したアリカ豚熱がこのシェアを変えました。アフリカ豚熱の致死率が、ほぼ100%でした。この豚熱で、中国の3分の1近くの豚が死んでしまいました。この惨事から離農が相次ぎ、2018年から2023年の間に1300万戸の中小畜産農家が廃業したのです。感染対策を十分に行わなければ、養豚業とおなじ運命が待っています。感染症対策などのコストが重荷になり、カモや水鳥の飼育者の経営を圧迫しているのです。主産地の中国で鳥の飼育事情が悪化し、採算悪化で鳥の流通が細り、羽根の調達コストが上がり続ける流れが出てきたのです。シャトルの需要は競技人口の拡大とともに伸び続けている一方、シャトルの羽根が手に入らない状況も生まれています。
シャトルが高騰しても、競技人口が増えているのだから、バドミントンがメジャー競技と成長した表れと泰然自若に構えている方もいるようです。その自信は、国内メーカーが世界で存在感を高めていることにあるようです。バドミントンの維持発展に、日本発の技術が一役買っているという自負になります。たとえば、ヨネックスのバドミントンの2026年3月期の売上高は、前の期比20%増の1017億円になります。この1017億円のうち、海外売上高は829億円を占めています。一方、シャトルの高騰は競技の持続性にかかわると危機感を持つ関係者もいます。危機を打開する方策は、水鳥の羽根が不足するなら、その代替を開発すれば良いというものです。天然の羽根の調達の難しさに対応し、人口素材の開発も進められています。メーカー各社はナイロンなどの人工素材でできた「合成シャトル」の開発を進めているのです。ヨネックスとVICTOR SPORTSは、試合で使用できる合成シャトルを開発しています。天然の羽根と合成素材を組み合わせたものを、1年ほど前に導入しました。日本では、2026年3月からこの2つの合成シャトルが試合で使用可能となったのです。また、すでに「合成シャトル」を海外では試合に使われるケースもでてきています。問題は、ラケットでシャトルを打つときの感覚をどう本物に近づけるかが課題となっているようです。
バドミントンのシャトルは、常識では考えられないような特性を持っています。バドミントンの一流選手が放つスマッシュのシャトル初速は、男子トップ選手で時速400km〜500kmを超えます。野球投手の時速160kmやテニスの時速200km超えるスピードです。これは、数ある球技の中で世界最速のスピードになります。特性はこれだけでは、ありません。シャトルのインパクト直後の500 km/hがラケットから離れた約0.1秒後には、約250 km/hになります。わずか数メートル進んだだけで、速度は半分以下に落ちます。さらに、約0.3秒〜0.4秒後には、約60 km/h 〜 80 km/hになります。シャトルのスカート(羽根)がパラシュートのような役割を果たし、進めば進むほど強力なブレーキがかかる特性があるのです。この特性を、ナイロンなどの技術開発でカバーできれば、バドミントンスポーツのすそ野は確実に広がります。ちなみに、水鳥シャトルとナイロンシャトルの違いは、下記のようになります。水鳥シャトルの特徴は、絶妙な回転と急激な失速をするため、コントロールがしやすいこと。音: 気持ちの良い高い打球音がすること、壊れやすく、羽が折れると交換が必要(消耗が早い)などになります。一方、ナイロンシャトルは、飛行スピードが少し速く、環境による劣化が少ないこと。やや固い打感で、こもった音がすること。とても長持ちするためコスパが良いことなどになります。このように、メリットデメリットがあります。これらをメリットだけにすれば、すそ野は、確実に広がります。
余談は、テニスのお話しになります。テニスの4大会などを見ていると、一流選手は、7ゲームと9ゲーム毎に行われるボール交換のタイミングでラケットを取り代えます。ちなみに、この7ゲームと9ゲームには、ボール交換も行われます。200㎞のスピードで打たれれば、ボールの反発力も落ちる時期がくるのでしょうか。最初のガットの状態を100%とすると、ゲームを消化するごとに90%、80%と機能が落ちていくわけです。テニスボールを激しく叩くうちに、ガットは徐々に緩んできます。時速200㎞のスピードで打たれたボールも痛むでしょうが、それを打つ糸(ガット)にも変化が出てきます。そのために、ラケットを交換しています。交換の理由は、最高の状態のラケットでプレーをいたいという現れなのです。また、最初に7ゲームで交換する理由は、試合前の練習に使ったボールでそのまま試合が始まるというものです。ある意味で、ボールの感触を変えないという趣旨かもしれません。ガットとボールの微妙な機能の変化は、戦い方にも影響してきます。ガットの張りは、ラケットの生命でもあります。そして、このことはバトミントンに言えることなのです。
最後になりますが、スポーツ人口の増加は、社会的に見ても好ましいものです。運動を生涯にわたって行う層は、医療介護費が少なく、健康寿命が長いことが明らかになっています。さらに、スポーツ人口の増加は、企業にとっても継続的利益を生む出す金の卵になります。ジャカルタに住むシーラさんは、フィットネスに熱中になっている1人です。彼は、ジムの会費などに毎月500万ルピア(約4万2000円)以上を費やしています。スポーツ愛好家は、ジムのお金を使うだけではありません。ランニングシューズやスポーツウェアなどにも、お金を使います。ランニングシューズやスポーツウェアを展開する地元ブランド「リーグ」も好調です。ある企業は、2024年ランニングシューズやスポーツウェアの売上高は前の年に比べ27%増となり、4年連続で2桁成長を遂げています。インドネシアのフィットネス市場は、さらに拡大するとみられています。その根拠は、インドネシアの運動参加率が人口の1%にとどまり、成長余地が非常に大きいからです。インドネシアの人口は、2億8000万人です。この国の健康と心身への支援に関する市場は、2029年まで年率8.8%成長する見込みです。あと5年後には、2500万人を対象にしたスポーツブランドビズネスに成長することになります。大きなビジネスチャンスが、眠っているわけです。そんな中で、多くの人がお金(シャトル代)に心配することなく、スポーツに参加できる環境が整えば、個人も企業も、そして地域もハッピーになれます。
